
私の開業~「自身の成長がクリニックの成熟につながる」リッツ美容外科 広比利次先生~
2021.05.19
開業医の先生方に、独自の経営観を語っていただくスペシャルインタビュー『私の開業』。今回は昨年開業20周年を迎えたリッツ美容外科の広比利次先生にご登場いただき、開業までの経緯から失敗談、後進の育成に向けた今後の取り組みについてお話いただいた。
自身の特性を活かせる場所へ 美容外科医人生のはじまり
手先が器用で、図画工作が得意な子どもでした。山梨医科大学(現:山梨大学医学部)卒業時、ダイナミックな一般外科手術に惹かれながらも形成外科を選んだのは、より繊細な手術の方が、自分の特性を活かせるのではないかと考えたからです。
当時の東大医局は、波利井清紀教授率いるマイクロサージェリーによる再建手術を主としていました。大学病院内では美容外科手術を見られる機会は多くなかったため、医局員が多く出入りしていた美容外科・伊藤クリニックで、週2回ほど見学の機会をいただいていました。そこで美容外科の奥深さに開眼した私は、非常勤医として比較的簡単な手術から担当させていただくことになります。
東大病院、都立広尾病院、東京警察病院、静岡県立総合病院、東京専売病院などでの研修を経験し、形成外科医として5年目を迎えたころ、会津竹田総合病院へ1年間の出向が決まります。この期間に唇裂、口蓋裂、顔面骨骨折、マイクロサージェリー、熱傷など、形成外科医として幅広く修練を積むことができました。研修の延長を医局に交渉するも叶わず、1994年に東大形成外科を退局し、伊藤クリニックで常勤医師として美容外科人生をスタートさせることとなりました。
美容外科医としての財産をくれた2つのクリニック
伊藤クリニックでは、伊藤雄康院長のご指導のもと、眼瞼形成術、鼻形成術、フェイスリフト手術、顔面骨切り術、乳房形成術、脂肪吸引術など、美容外科全般を幅広く学びました。90年代は、今のようにフィラーやレーザー、スレッドリフトが普及しておらず、年間100症例ほどのSMASリフトを担当させていただきました。耳介軟骨、側頭筋膜を組み合わせた鼻形成術の難症例も数多く経験しました。
その後3年間勤めたコムロ美容外科では、自家組織移植を主とする伊藤クリニックとは対極の、シリコンインプラントを用いた豊胸術や鼻形成術などを経験することとなります。また、顔面骨切り術の症例も多く、頬骨、エラ、オトガイ形成術などにも携わることができました。2つのクリニックからは美容外科医としての多くの財産をいただき、形成外科医として12年目となる2000年2月に、リッツ美容外科を開業いたしました。
「急がば回れ」医師としての価値を高めるために
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